丹那音頭の生い立ち
丹那音頭は、昭和30年8月につくられました。
当時、丹那小学校には校歌がなかったため、子供たちに歌わせる歌がほしいということで、
当時の校長先生の山下先生が作詞して、友達の三島に住む風間さんが作曲したものです。
振り付けは、当時の丹那小の先生方。
「丹那小で生まれ、丹那小で育ち、丹那小から広まった」伝統ある踊りが、「丹那音頭」です。
その後、校歌も制定され、いつしかこの丹那音頭は幻の踊りと化していました。
しかし、昭和30年当時の子供たちが親として学校に関わるようになり、PTA会長の発案により、復活をとげることに。
丹那音頭が復活をとげたのは、時代は変わり平成になってからのことです。
それから10年。
運動会で、子供たちの手によって丹那音頭は踊られてきました。
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しかし、年々、その踊りは正確性を欠くようになり、時の流れの中に埋没し、丹那音頭が消えてしまうのではと危惧させるようになってきました。
そこで、地域融合型運動会へ大変換を図る平成11年、再度掘り起こしに。
幸いなことに、学校の近くに昭和30年当時、丹那小学校で教員をされていた溝口先生が健在であり、指導にきてもらえることになりました。
毎年、溝口先生をお招きし、子どもたちに丹那音頭を指導していただいています。
また、6年生が1年生に教えていきながら、丹那の伝統を守っていくようにしています。
現在、丹那音頭は、運動会の他、子どもたちが地域の福祉施設を訪問するときにも踊っています。
平成14年度は、函南町小・中学校音楽発表会に、2・3年生が出場し、歌を披露しました。